東日本大震災 報道
3月11日(金)14時46分頃。何していましたか?
私は沼津で朝7時~10時の生放送を終え、
片付け等の後、遅めのランチも済ませて、家に
帰って夜のカッパ寿司での接待に備えるかな・・・と
お店を出ようと思ったその時、「グラッ」と言うより
「ゆさっ」と言う感じで、かなり大きく、長い時間の
揺れを感じた。地震だ!
<着の身着のままの徹夜明け。眠くて目が開かない>
おととしの夏の大きな地震は下から突き上げる
ようで、いよいよ来たか!?東海地震と思った。
今回は揺れの幅は大きく時間も長かったけど、
震源は遠いような印象。
でも、これだけ大きく揺れているのは一大事。
慌ててラジオ局へ戻る。歩道を走っていると
雛人形屋の吊り看板がまだ揺れている。
局へ着く前に怪我をしたのでは意味が無い。
気をつけなくっちゃ。とあたりを見回すと
いろんなものがけっこう揺れている。
3分もかからないで、局に到着。
日中と言うこともあって、スタッフの人数は
多い。市役所の防災課からは1人、役所の
防災本部のようなところへ行く人間を準備する
ように連絡がくる。
あっちからこっちから電話がかかってくる。
いろんな情報がFAXで送られてくる。
何故かみな、私へと取り次ぐ。
いつの間にか交差点で小さな台に乗って
ピッピィ~とやっている交通整理のおまわりさん
のような立ち位置になっていた。
アナウンサーだけれど、自分が原稿を読むこと
よりも、いかに必要な情報を取り、解かりやすく
伝えるかと言うことを考え、スタッフにいろいろ
お願いする。原稿を手書きしたり、整理したり。
アドバイスしたり。
災害報道で一番大切なのは「誤報」を出さない
ことだと思う。1分1秒を争うことはない。
正確さが大切だと思っている。
それと同時に自分も含めスタッフが怪我を
しないこと。身の安全を確保すること。
余震が続く中市役所に向かう女性スタッフ、
遡る川をレポートする男性パーソリィティ。
くれぐれも怪我の無いようにと送り出す。
始めは錯綜していた情報もだんだん系統
立ってくる。防災本部から送られてくる
情報を軸に、気象庁からの津波、地震情報、
電話、電気と言ったライフライン情報、
バスやJRまで広げた交通情報を組み合わせ
確認しながら、スタジオに送り込んでいく。
時間はあっという間に過ぎる。
19時までのレギュラー生放送枠が終了すると
21時までの2時間は「完パケ」と言って事前に
録音してきっちり作り上げた番組3本のOAに
なる。生放送では自由なタイミングで情報を
入れられるけれど、作りこんだ番組では
できれば話の途中に割り込みたくない。
音楽がかかっている間に、その曲をBGMに
情報を入れられるのがベスト。
運良く19時半からの30分番組は私が進行を
勤める番組で夕べ収録したばかり。
どこで何分音楽が入るか熟知している。
その次の1時間の音楽番組は進行表を見ながら
この辺かな?って感じで音楽がかかると
それいけ!とばかりに情報を入れていく。
気がつけば21時。大津波警報は解除されて
いない。全員、帰宅と言う訳にはいかない。
どころか、大津波警報解除まで放送を続けない
といけない。沼津自体の被害はそれほどでも
ないが、地震全体の被害はかなり大きそう。
と言うことは、警報解除まで時間がかかる。
長丁場になりそう。スタッフにこの後の都合を
聞き、どう組めば朝まで一定レベルの情報を
放送し続けることができるか・・・・
災害対応局だもの。
そうだ、みんなのゴハンも心配しないと。
12時前には最小限のスタッフになった。
情報の取り方も慣れてきたし、大きな変化はない。
明日の朝8時過ぎに、土曜日の生放送スタッフ
がやってくるまで、3人で1時間ずつ仮眠をとり
やり過ごすことにした。
朝5時半に東海道新幹線の運行予定の最終発表
があるというのでその時に私が起きているように
4時から5時仮眠をとらせてもらうことにする。
仮眠の前までは東日本太平洋側を中心にした
地震だった・・・・けど3時59分頃信越地方を震源
とする大きな地震があり、また俄かに忙しくなり
帰れる時間が遠のいた・・・・(ので、しっかり1時間
仮眠)
COAST-FMは自社製作以外の時間は
東京のJウェーブを流している。
○○時丁度を少し過ぎたあたりにNEWSが
入るようだ。我々はそこが終わったら地元の
交通情報。通行止め箇所が中心だ。
毎時15分頃~Jウェーブはライフライン情報。
それが30分頃に終わるので、こちらは
防災本部情報、停電、災害伝言ダイヤルと言った
地元ライフライン情報、交通情報、翌日のJR
案内などをOA。○時になる少し前にNEWS
ショートバージョン。を各時くり返していく。
朝になって9時前に朝の生放送スタッフが
到着。その後、応援チームがやってきてくれた
ので、一先ず引継ぎをして一先ず帰ることに。
一先ずが多いのは、たぶんまた今夜もスタジオで
過しそうだから。
大津波警報が解除されないうちは、市の災害本部が
解散しないうちは放送を続けなくちゃ。
家にもどって初めてゆっくりTVを見た。
すごい惨状に津波の恐ろしさに胸がいたむ。
被災した人や帰宅難民になった人を見ると
セミ徹夜くらいたいしたことじゃない。
福岡から、山口から、金沢から。東京、静岡市から
「大丈夫?」って電話もいただいた。
情報収集に携帯電話を使っていたので
地震見舞いのお礼もそこそこでごめんなさい。
やっと余裕が出来ていろいろな人の顔を
思い出し、どうしているかなと気にかかる。
大丈夫でしたか?
私は元気に働いていましたのでご安心を。
心にかけていただきありがとう。
そして被災者の方、心からお見舞い申し上げます。
私は沼津で朝7時~10時の生放送を終え、
片付け等の後、遅めのランチも済ませて、家に
帰って夜のカッパ寿司での接待に備えるかな・・・と
お店を出ようと思ったその時、「グラッ」と言うより
「ゆさっ」と言う感じで、かなり大きく、長い時間の
揺れを感じた。地震だ!
<着の身着のままの徹夜明け。眠くて目が開かない>
おととしの夏の大きな地震は下から突き上げる
ようで、いよいよ来たか!?東海地震と思った。
今回は揺れの幅は大きく時間も長かったけど、
震源は遠いような印象。
でも、これだけ大きく揺れているのは一大事。
慌ててラジオ局へ戻る。歩道を走っていると
雛人形屋の吊り看板がまだ揺れている。
局へ着く前に怪我をしたのでは意味が無い。
気をつけなくっちゃ。とあたりを見回すと
いろんなものがけっこう揺れている。
3分もかからないで、局に到着。
日中と言うこともあって、スタッフの人数は
多い。市役所の防災課からは1人、役所の
防災本部のようなところへ行く人間を準備する
ように連絡がくる。
あっちからこっちから電話がかかってくる。
いろんな情報がFAXで送られてくる。
何故かみな、私へと取り次ぐ。
いつの間にか交差点で小さな台に乗って
ピッピィ~とやっている交通整理のおまわりさん
のような立ち位置になっていた。
アナウンサーだけれど、自分が原稿を読むこと
よりも、いかに必要な情報を取り、解かりやすく
伝えるかと言うことを考え、スタッフにいろいろ
お願いする。原稿を手書きしたり、整理したり。
アドバイスしたり。
災害報道で一番大切なのは「誤報」を出さない
ことだと思う。1分1秒を争うことはない。
正確さが大切だと思っている。
それと同時に自分も含めスタッフが怪我を
しないこと。身の安全を確保すること。
余震が続く中市役所に向かう女性スタッフ、
遡る川をレポートする男性パーソリィティ。
くれぐれも怪我の無いようにと送り出す。
始めは錯綜していた情報もだんだん系統
立ってくる。防災本部から送られてくる
情報を軸に、気象庁からの津波、地震情報、
電話、電気と言ったライフライン情報、
バスやJRまで広げた交通情報を組み合わせ
確認しながら、スタジオに送り込んでいく。
時間はあっという間に過ぎる。
19時までのレギュラー生放送枠が終了すると
21時までの2時間は「完パケ」と言って事前に
録音してきっちり作り上げた番組3本のOAに
なる。生放送では自由なタイミングで情報を
入れられるけれど、作りこんだ番組では
できれば話の途中に割り込みたくない。
音楽がかかっている間に、その曲をBGMに
情報を入れられるのがベスト。
運良く19時半からの30分番組は私が進行を
勤める番組で夕べ収録したばかり。
どこで何分音楽が入るか熟知している。
その次の1時間の音楽番組は進行表を見ながら
この辺かな?って感じで音楽がかかると
それいけ!とばかりに情報を入れていく。
気がつけば21時。大津波警報は解除されて
いない。全員、帰宅と言う訳にはいかない。
どころか、大津波警報解除まで放送を続けない
といけない。沼津自体の被害はそれほどでも
ないが、地震全体の被害はかなり大きそう。
と言うことは、警報解除まで時間がかかる。
長丁場になりそう。スタッフにこの後の都合を
聞き、どう組めば朝まで一定レベルの情報を
放送し続けることができるか・・・・
災害対応局だもの。
そうだ、みんなのゴハンも心配しないと。
12時前には最小限のスタッフになった。
情報の取り方も慣れてきたし、大きな変化はない。
明日の朝8時過ぎに、土曜日の生放送スタッフ
がやってくるまで、3人で1時間ずつ仮眠をとり
やり過ごすことにした。
朝5時半に東海道新幹線の運行予定の最終発表
があるというのでその時に私が起きているように
4時から5時仮眠をとらせてもらうことにする。
仮眠の前までは東日本太平洋側を中心にした
地震だった・・・・けど3時59分頃信越地方を震源
とする大きな地震があり、また俄かに忙しくなり
帰れる時間が遠のいた・・・・(ので、しっかり1時間
仮眠)
COAST-FMは自社製作以外の時間は
東京のJウェーブを流している。
○○時丁度を少し過ぎたあたりにNEWSが
入るようだ。我々はそこが終わったら地元の
交通情報。通行止め箇所が中心だ。
毎時15分頃~Jウェーブはライフライン情報。
それが30分頃に終わるので、こちらは
防災本部情報、停電、災害伝言ダイヤルと言った
地元ライフライン情報、交通情報、翌日のJR
案内などをOA。○時になる少し前にNEWS
ショートバージョン。を各時くり返していく。
朝になって9時前に朝の生放送スタッフが
到着。その後、応援チームがやってきてくれた
ので、一先ず引継ぎをして一先ず帰ることに。
一先ずが多いのは、たぶんまた今夜もスタジオで
過しそうだから。
大津波警報が解除されないうちは、市の災害本部が
解散しないうちは放送を続けなくちゃ。
家にもどって初めてゆっくりTVを見た。
すごい惨状に津波の恐ろしさに胸がいたむ。
被災した人や帰宅難民になった人を見ると
セミ徹夜くらいたいしたことじゃない。
福岡から、山口から、金沢から。東京、静岡市から
「大丈夫?」って電話もいただいた。
情報収集に携帯電話を使っていたので
地震見舞いのお礼もそこそこでごめんなさい。
やっと余裕が出来ていろいろな人の顔を
思い出し、どうしているかなと気にかかる。
大丈夫でしたか?
私は元気に働いていましたのでご安心を。
心にかけていただきありがとう。
そして被災者の方、心からお見舞い申し上げます。
この記事へのコメント
名古屋は 無事です
プログの中も 誤情報が ないといいですね。
テレビの津波警報が 気になります。
テレビ ラジオ 関係者も 大変ですね。
被災地の方 お見舞い申し上げます
メッセージありがとうございます。
大津波警報が土曜日午後に解除され
ほっとしたのもつかの間。
今、計画停電についての放送準備を
しています。エリア分けなどが途中で
変更になったりして、今夜も遅くなりそう。
でも、被災した人達の心身の大変さを
思えば、計画停電のお知らせで貢献できる
ことを幸せに思わないとね。
被災地のことがだんだん詳しく伝わるに
つれ心が痛みます。
心からお見舞い申し上げます。
今度は沼津!!?
富士宮と同じ地域だと思ったが、
震度は大きく違っているようですね。
何より震源の富士宮はじめ
大きな被害状況では無いような報道ゆえ?
私は勝手に安心して今日は寝ても良いのでしょうか?
連鎖的に地震が続き、今日の揺れも ああ又か
また長野かなあと速報を見れば 静岡ではないか!
毎日多少の揺れを感じていて
震度3位では 鈍感となりつつあります。
仙台の単身赴任中の私のいとこはやっと無事を確認しましたが、
東京に永く住み家族くるみのお付き合いをした友達で、
訳あって離婚し 気仙沼に子連れで里帰りしたばかりの
知り合いの女性の無事はいまだに確認する事もできません。
毎日の報道に本当に心痛みます。
恵子さんは無事だと思っていますが、
早めのブログ更新にてお知らせいただくまでは眠れませんヨ
小さな地震でエネルギーが徐々に発散拡散し
二度と大きな地震がなければ良いのに と 心から祈ります。
タイムリーに書き込みありがとう
ございます。計画停電振り回され、
(放送や仕事の延期など)ちょっと
ヘロヘロしてますが、無事で元気です!
10時過ぎに明日の計画停電のお知らせを
放送・・・・とスタンバッテいたら原稿が
来る前に地震が来てしまいました。
緊急放送や電話レポートなど、
今夜も徹夜?!と覚悟しましたが
震源が山梨寄り、東海地震とは関係
なさそう、津波の心配がないと言うので
早めに解放され、さっき家に着きました。
風の・・・さんも、安心して眠ってください。
おやすみなさい。